文:平嶋 彰彦
家族アルバムの在り方や可能性を考えるとき、昔から家族の歴史が、親から子へというよりも、祖父母から孫へ伝えられてきたことに目を向けるべきだと思う。
家族アルバムをもとに地域の歴史をつづった素晴らしい写真集がある。本の題名は『日向写真帖 家族の数だけ歴史がある』で、宮崎県日向市が2002年に市史の別巻として刊行したものである。序文によれば、企画の趣旨は「日向市民の家庭に保存されている家族アルバムを中心に、日向という地域の近代を描こうとしたものである」という。
日向市の市史編纂室が、家族アルバムを市民から募集したところ、139家族・2万3千点の写真が集まった。一枚いちまいの写真はそれだけでは記憶の断片に過ぎないし、写真の下に記された文字も限られている。写真の背景にはいろいろな出来事が埋もれているはずである。口伝えで受け継がれた写真にまつわる思い出もたくさんあるかもしれない。そのため、市史編纂室では写真を選んだあと、すべての家を訪ねて聞き書きをする、という気の遠くなる調査を行っている。
家族アルバムは家族の思い出をつづったものである。写真のほとんどは、いわゆる「ハレの日」、普段とは違った特別な出来事があったときに撮られている。生誕・七五三のお宮参り、小中学校の入学式・卒業式、結婚式。新築祝い・開店祝い・船の進水式。戦時の出征・凱旋……。挙げればきりがないが、家族の思い出を残そうと写したのが、アルバムに貼りつけられた記念写真にほかならない。
そもそも庶民の間では家族の歴史を描こうとしても、現在とは違って、口から口へ伝えていく以外に方法がなかった。写真が日本に入ってきたのは幕末だが、明治になって庶民がいち早くこれに飛びついた大きな理由も、そこにあったと想像される。写真を見た庶民は、家族の思い出を残す方法、つまり家族の歴史を伝えるもう一つの方法を発見したのである。 歴史書といえば、国の歴史をつづった教科書のようなものもあるし、県史や市史などの郷土史もある。家族アルバムは、そうした書物が書きもらした庶民の歴史があることを明らかにしている。日向市の写真集が題名にうたっているように、「家族の数だけ歴史がある」のである。家族アルバムは郷土の歴史のまぎれもない1ページであり、記念写真が歴史をひもとく重要な手がかりであることを、見落としてはならないと思う。
庶民の世界で家族や地域の歴史を伝えてきたのは年寄りたちであった。民俗学の現地調査でも、古くからの出来事や習わしを知ろうと思ったら、とりあえず年寄りを捜して話を聞いてみる。年寄りもさまざまで、多くを知っている人もあれば、そうでない人もいる。興味深いと思うのは、古くからの出来事や習わしを詳しく知っている年寄りは、申しあわせたように、その祖父母もまた長生きしていることである。
というのも、昔から年寄りがいる家なら、たいていは年寄りが子守りをした。つまり幼少のときに、祖父母から多くのことを教えこまれて成長したのである。「子供は親の背中を見て育つ」というが、祖父母の家庭における教育者としての役割は、私たちの想像する以上に大きかったことを意味する。
高度成長期から以降は核家族が多くなって、祖父母と一緒に暮らす家族は、まわりを見渡しても一にぎりしかいない。親・子・孫の関係よりも夫婦の関係を重んじるようになり、3世代が同居している場合でも、台所を別々にする家族も多いと聞いている。そうなると、昔から祖父母が孫の成長にはたしてきた役割も忘れられてしまうことになる。
親と子の関係には上下の意識があり、しかも距離が近すぎるため、何かとお互いが感情に走りやすく、かえってむつかしい。しかし祖父母と孫の関係は、むしろ対等の意識が強く、友情ともいえる関係で結ばれるものだといわれる。
そうした傾向は日本ばかりではなく、人間社会に広く見られる現象らしく、例えば、アフリカ社会のなかでは、祖父母のことを「冗談仲間」と呼んでいるという。
家族アルバムの在り方や可能性を考えるとき、かつて家族や地域の歴史を伝えるのが年寄りであり、親から子へというよりも、むしろ祖父母から孫へ伝えられてきたことにもっと目を向けるべきだと思う。祖父母と孫が対等関係の友情で結ばれた「冗談仲間」であるなら、子供の成長記録にしても、祖父母の写したほうが、思い出の内容もずっと視野の広く奥行きの深いものになる可能性が高いはずである。
人口の高齢化が進む一方で、人間関係が希薄になり、無縁社会と呼ばれて久しいが、いつの時代でもどんな社会でも年寄りを必要としてきた。老人の役割は経験と知恵を生かして、現在を未来に橋渡しすることにある。私は今年65歳になる。家族の思い出を写真アルバムに残すこともその役割の一つで、私のなすべき重要な仕事だと思っている。
(筆者プロフィール)
平嶋 彰彦
写真家、編集者。元毎日新聞社出版写真部長、ビジュアル編集室長。『宮本常一写真・日記集成』上下巻別巻1、『宮本常一が撮った昭和の情景』上下巻(いずれも毎日新聞社)の編集を担当。共著に『昭和二十年東京地図』(筑摩書房)『町の履歴書・神田を歩く』(毎日新聞社)などがある。
Vol. 25
撮りっぱなしで思い出写真をなくす前にできること
Vol. 24
人間関係を築くきっかけや、自分を見つめ直す機会となる
Vol. 23
年賀状の写真を決めるタイミングで、今年の写真を整理
Vol. 22
デジタル時代に変わり、撮影者の視線が多様化
Vol. 21
思い出を呼び起こす写真は、匂いや音が感じられるもの
Vol. 20
過去・現在・未来。思い出はそれぞれの時間をつなげる
Vol. 19
思い出を振り返るだけでなく、新しい思い出も加わる
Vol. 18
作り込んだ写真年賀状の効果を分析する実験
Vol. 17
フォトブックを作成して、自分の価値観を分析する実験
Vol. 16
昔の「気になる」写真で自分磨きのきっかけに
Vol. 15
「好き」「きらい」をテーマに撮って、これからの自分の課題を発見
Vol. 14
「撮っても選ばない」で、違いが出る個性
Vol. 13
思い出写真は、自分のことを相手に伝える近道
Vol. 12
いよいよ思い出を人生に活かす実験がスタート
Vol. 11
思い出は写真に。
写真を整理すれば未来が見えてくる
号外
震災のがれきから思い出を救う
Vol. 10
7 割の祖父母や親が
孫や子供の写真を持ち歩いている
vol.9
3人の2人が
ペットの写真を持っていない
vol.8
7割の人が家族旅行をしていない
vol.7
3人に2人が
家族写真を撮らなくなっている
vol.6
家族を安心させる遺影の作り方
vol.5
7割の人が人物写真の撮り忘れで
後悔 旅行中の写真撮影
vol.4
写真整理は3ヶ月に1回が6割
vol.3
デジタル画像保存の落とし穴
vol.2
カメラを片手に思い出を残そう
vol.1
思い出をつくる、のこす