文:平嶋 彰彦
家族旅行で写真を撮るのは家族に思い出を残してやりたいからだ。思い出をどのように受けとめるかは子ども次第だが、親の愛情はいつか子どもに伝わるものではないだろうか。
20年以上も前のことになるが、2人の子どもが小学校のころまではよく家族旅行した。成長するにしたがって、一緒に行きたがらなくなった。理由はいろいろあったと思うが、思春期を迎えるようになれば、おのずと子どもは親を離れていくものである。それが自然ではないかと思う。
旅行にかぎらない。映画にもよく連れていった。子ども向けのアニメだけでなく、そのころ話題になった大人向けの「スターウォーズ」や「インディー・ジョーンズ」などのシリーズも幼稚園のころから見せた。だが、中学生にもなれば、友だちと誘い合っていくとか自分一人で行くようになった。やがて自分好みの映画作家を発見することになる。
息子は近ごろ仕事が忙しいせいか、家でDVDを見ることが多くなった。家族そろってDVDを見ることはないし、親子で映画の話をすることもない。息子の買い揃えているDVDを覗くと、私が20代から30代のころ夢中になってみたS・キューブリックやJ・ジャームッシュ、近いところだとコーエン兄弟やQ・タランティーノの作品がほとんどそろっている。いずれも個性が強く、誰もが好きになる作家たちとは違う。父親の好みが何がしか影響していることは否定できない。
音楽やマンガ・小説となると、家に置いてあって、子どもがいつでも手にとれるものだから、親の影響はもっと大きい。「子どもは親の背中を見て育つ」といえう。親の真似だけはしたくないという反発も強い半面、物の考え方や趣味嗜好に関しては「朱に交われば赤くなる」ことは避けられないともいえる。
親子の関係はもつれやすいし、愛憎の揺れ幅も大きい。しかし、子どもは大きくなり自立していく過程で、親を一人の人間として客観的に判断するようになる。一緒に暮らしているから、子どもは親の長所も短所もよく観察している。親はいつまでも子どもを頼りないと思っているが、知らないうちに保護される側に立場が入れかわっていることに気づく。
昨年になって娘夫婦から何回か、一泊と日帰りの旅行に誘われた。孫がよちよち歩きまわるようになり、遠出ができるようになったからである。旅行の話が持ち上がると、昔のアルバムを久しぶりに本棚から取り出し、虫干しすることになる。
意外なのは、一枚いちまいの写真を、娘も息子も昨日のことのように詳しく覚えていることだ。20年過ぎた今だからいえることもなかにはある。旅行に出かける朝、「ぐずぐずするな」と私が大声を出して、娘を泣かせたこともあったというし、箱根の美術館では、見たくもないものを見せられた息子がさっさと先に進むのを見て突然キレたこともあったといえう。黙って聞いていると、子どもは子どもなりに大人げない父親だと思っていたらしく、本人には心当たりのない別人のような父親像があぶり出されてくる。
それはさておき、旅行で写真を撮るのは、思い出を残してやりたいからだ。子どものよろこぶ姿を見ることが親の生きがいなのである。私の子どもたちは、その当時はアルバムを開くそぶりも見せなかったが、それなりに何度も目を通していたことが、今ごろになってわかってくる。すなおに親の気持ちをくむ子もいるし、なかにはそうでない子もいる。思い出をどのように受けとめるかは子ども次第である。しかし親の愛情はいずれ伝わるものではないだろうか。
娘夫婦が私たちを家族旅行に誘うのは親孝行のつもりだろうと思う。誘われるとやはりうれしい。私は子どもを見ているのが好きだ。見ず知らずの子どもでもそうだし、自分の孫だったらなおさらである。泣いていても笑っていてもかまわない。一緒にいるだけで元気になる。
孫を連れて家族旅行をすると20年も30年も前の思い出がよみがえってくる。娘夫婦が選ぶ行先もいつか見たようなところになる傾向がある。去年の夏には私の郷里にも行った。太平洋に面した砂浜の海岸で、今はサーフィンの人気スポットになっているが、毎年2週間近くをそこで過ごした。娘も息子も浮き輪につかまって波に乗るのを面白がり、顔を青ざめ身体に震えがくるまで、海から上がろうとしなかった。
昨年は2日ともあいにくの雨で、孫に海水浴をさせてやることはできなかったが、代わりに水族館を見物に行った。やはり娘と息子を何度も連れていった懐かしい場所である。イルカやアザラシのショーは、2歳の幼児には早い気がしたが、それでも目をきらきら輝かせて楽しんでいた。これまでにも書いたが、娘はカレンダーを自分でつくっている。今年の7月の写真は、父親に抱かれた孫が水槽の魚をじっと見つめるその時のスナップである。
(筆者プロフィール)
平嶋 彰彦
写真家、編集者。元毎日新聞社出版写真部長、ビジュアル編集室長。『宮本常一写真・日記集成』上下巻別巻1、『宮本常一が撮った昭和の情景』上下巻(いずれも毎日新聞社)の編集を担当。共著に『昭和二十年東京地図』(筑摩書房)『町の履歴書・神田を歩く』(毎日新聞社)などがある。
Vol. 25
撮りっぱなしで思い出写真をなくす前にできること
Vol. 24
人間関係を築くきっかけや、自分を見つめ直す機会となる
Vol. 23
年賀状の写真を決めるタイミングで、今年の写真を整理
Vol. 22
デジタル時代に変わり、撮影者の視線が多様化
Vol. 21
思い出を呼び起こす写真は、匂いや音が感じられるもの
Vol. 20
過去・現在・未来。思い出はそれぞれの時間をつなげる
Vol. 19
思い出を振り返るだけでなく、新しい思い出も加わる
Vol. 18
作り込んだ写真年賀状の効果を分析する実験
Vol. 17
フォトブックを作成して、自分の価値観を分析する実験
Vol. 16
昔の「気になる」写真で自分磨きのきっかけに
Vol. 15
「好き」「きらい」をテーマに撮って、これからの自分の課題を発見
Vol. 14
「撮っても選ばない」で、違いが出る個性
Vol. 13
思い出写真は、自分のことを相手に伝える近道
Vol. 12
いよいよ思い出を人生に活かす実験がスタート
Vol. 11
思い出は写真に。
写真を整理すれば未来が見えてくる
号外
震災のがれきから思い出を救う
Vol. 10
7 割の祖父母や親が
孫や子供の写真を持ち歩いている
vol.9
3人の2人が
ペットの写真を持っていない
vol.8
7割の人が家族旅行をしていない
vol.7
3人に2人が
家族写真を撮らなくなっている
vol.6
家族を安心させる遺影の作り方
vol.5
7割の人が人物写真の撮り忘れで
後悔 旅行中の写真撮影
vol.4
写真整理は3ヶ月に1回が6割
vol.3
デジタル画像保存の落とし穴
vol.2
カメラを片手に思い出を残そう
vol.1
思い出をつくる、のこす