文:平嶋 彰彦
ポルトガルの写真は私にとって生涯の友だちをつくるきっかけとなった。友だちとのその後の交流がつけ加わり、旅の思い出はいっそう忘れがたいものになっている。
1982年にポルトガルに10日余り取材旅行をした。5人の旅行グループに加わって、ポルトガルの文化や暮らしにふれた写真を撮るのが仕事である。「フランスやイタリアは日本人にはまぶしすぎる。異文化への旅は、星でいえば、二等星ぐらいのポルトガルがちょうどいい」。事前に一度だけ顔を合わせた旅行代表者の言葉が印象的だった。
旅をする目的は民俗学者の宮本常一の言葉を借りれば「あるくみるきく」にある。旅の写真にしてもそうだ。「いまここにいる」という視点が大事だと思う。ポルトガルの観光地をめぐって大航海時代の名所旧跡を写すにしても、どこかで見たことのあるようなありきたりのイメージではつまらない。そこに自分なりの観察や発見がなかったら、思い出に残るものにはならないし、読者に伝えたいという気持ちにもならない。脚本には書かれていない現場でのライブ・パフォーマンスが勝負どころである。
帰ってきてグラフ雑誌で特集を組んだ。冒頭の見開きは国民的大詩人カモンイスの「ここに地終わり、海始まる」の碑がたつロカ岬。まっすぐ伸びる道路のつきあたりに古びた灯台がそびえ、手前の道端には錆びついた廃車が放置されている、という構図である。
最後の見開きはポルトワインで知られるポルトの夕景にした。1枚はカメラに近づいてきた松葉杖の少年、もう1枚はやはり松葉杖の人物を中心においたシルエットの群像。大西洋に沈む太陽を見ようとして、たくさんの人たちが河口の防波堤に集まっていた。ポルトガル人のガイドに聞くと、松葉杖をついているのは、アフリカの旧植民地からの引揚者たちで、内戦で足を失ったのだという。
ポルトガル旅行には後日談がある。この旅行で撮った一連の写真をいまでも鮮やかに記憶しているのもそれがあるからだ。雑誌ができたあと、旅行に参加した人たちにはお礼がわりに掲載誌と旅行中のスナップ写真をプリントして送った。もう会うこともないだろうと思っていたが、半年ほど経ってから連絡をもらった。会ってみると、それぞれ個性豊かな人物であることが改めてわかり、気心の知れた4人でつきあいが始まった。メンバーが増えたり、亡くなった人もいたりするが、30年近く経ったいまでも、月に一度は顔を合わせている。
最初は旅の思い出を肴にする飲み会にすぎなかったが、3年か4年かするうちに日本の民間信仰を研究する定例の勉強会に発展した。ポルトガル旅行は異文化との出会いがテーマだったが、単一と思われがちな日本文化も、よく見れば多くの異文化が幾重にも重なりあっている。もっと足元を見つめ直してみようというのである。1996年からは紀要という形で同人誌を発行し、この夏までに第13号を刊行する予定にしている。
ポルトガルの写真は私にとって生涯の友だちをつくるきっかけとなった。友だちとのその後の交流がつけ加わり、旅の思い出はいっそう忘れがたいものになっている。
旅といえば、何年か前から妻の兄弟たちと泊りがけの観光旅行をするようになった。どこの家でも子どもたちが社会人になって、誰もが心にゆとりがもてるようになったからだ。女4人と男1人の兄弟で、旅行するときはいつもそれぞれが夫婦同伴である。
どこへ行くにしても必ず水族館だとか遊園地といった施設が組み込んであって、平均すれば65歳を超える高齢者たちが子どものように夢中になって遊ぶのがおかしい。写真を撮るのはカメラマンが本業の私ではなく、弁護士が本業の義兄である。しばらく前まではサービスサイズのプリントだったが、近ごろは印刷された旅日誌が送られてくる。パソコンで編集したもので、その日ごとに見出しがあり、写真には文章もついている。
全員を撮った記念写真もあるが、どちらかといえばスナップ写真の方が多い。気にかかるものは何でも撮るようにしているらしく、こんなものまでと思うような風景写真まで入っている。一緒にいながら気づかなかった場面を発見するのも面白い。
プリントだったら、本人が写っていないスナップや風景まで、参加者全員に送るようなことはしないものだ。またもらった側でも写真の整理の仕方は人それぞれになる。アルバムに貼る人もいるし、封筒に入った状態のまま整理しない人もいる。義兄の場合は、同じ内容の冊子を兄弟の数だけ印刷・製本しているから、一つの思い出を兄弟の全員が共有する形になる。写真による旅日誌は思い出をあとになってふりかえるというよりも、むしろこれから老後に向かう兄弟の絆を深める役割をはたすことになると私は思っている。
(筆者プロフィール)
平嶋 彰彦
写真家、編集者。元毎日新聞社出版写真部長、ビジュアル編集室長。『宮本常一写真・日記集成』上下巻別巻1、『宮本常一が撮った昭和の情景』上下巻(いずれも毎日新聞社)の編集を担当。共著に『昭和二十年東京地図』(筑摩書房)『町の履歴書・神田を歩く』(毎日新聞社)などがある。
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